香川に続いて2番目に小さい大阪府。人口は、東京、神奈川に次いで3番目に多い大阪府。そんな密密な大阪には、唯一の村が!
千早赤阪村は、奈良との県境。和歌山も近いため、役行者(えんのぎょうじゃ)なども関係していたといわれています。
日本の歴史に於いては、後醍醐天皇が逃げた南朝(吉野)に近く、天然の要害を備えた千早、赤坂に楠木正成が城に入り、有名な戦の舞台にもなりました。
日本100名城 千早城
千早城は、周辺に支城があります。下赤坂城、上赤坂城。
写真の楠公生誕の地は、支城の中間地点にあります。
(歴史資料館の横!)
千早城の間にある 上赤坂城周辺は、日本棚田百選。
※ただし、車ではご遠慮くださいとの事。徒歩で頑張る方の特権ですね!
千早城
この奥が本丸。御神体のため眺めるのみ。
石段はかなり整備されていて、安全に登れるのですが、
長い急斜面。高めの階段が長く続いております。健脚の方もオッとなるハードな仕様😂
道を外れてしまうと、急峻な崖に転落するかとおもえば、所々に平な場所を確保してあります。(守りの拠点)
本丸は御神体と一体化。登らないでと書いてありました。
柵はありませんが、神様の場所ですから、控えた方が良いと思います。
形勢の悪い後醍醐天皇ひきいる南朝に最後まで仕えた楠木正成は、おおさか人にも人気の歴史上の人物。楠公さんという愛称で、千早赤阪村のみならず各地に神様として祀られているのも納得!楠公さんの強さと賢さを感じるお城でした。
お城の入り口の看板↑
わら人形の記載ははっきりしていなかったので補足。
多勢の北条軍に、800人とバレぬよう、藁で作ったダミー城兵を配置した楠公のアイデアも成功。
うっそうと茂った木々の間にあったとしたら、攻める側も大軍がいると勘違いしますね!
大阪のお城一覧 (分析のため加工)
所感
大阪は、開発も多く、お城の数も多い割に遺構が残っているお城はそんなに多くはありません。
(表の中で、「遺構」部分になにかしらのこっているものは○を入れています。)
なんと、41も遺構消滅とな… おおさかで大きな戦といえば…大坂の陣!
原因を探るべく、大坂の陣でしぼりこんでみました。
結論…6つが抽出されました。(あれ、思ったより少ない。)
※一般的には、大規模城郭を攻め落とす際必要な城は、中国山地だと近隣の山ごとに設定されることが多いです。(支城という記載)
つまるところ、
104城 → 江戸期以降に作られた台場・代官所をのぞく → 51残存。41が消滅。
そんな大阪でも遺構が残っている貴重なお城が「千早城」です。
河内湖のように、低湿地も多くあった大阪。
千早城、その後…
楠木正成率いる南朝方(後醍醐天皇側)は、このあと兵庫県方面でも戦を展開しています。
例えば、「芦屋」「神戸駅近く」「新開地駅近く」などは、都会のど真ん中に突然石碑があったりします。
楠公については、関西に多く史跡がありますので、兵庫の楠公スポットも合わせて紹介したいですね!
新開地駅の真上にある楠公スポット(兵庫県)
今回の観光ポイント 千早城
城域がとにかく広いため、迷子リスクがあります。
マップを歴史資料館でいただいてから、城攻めを!
棚田がみたい方は、ハイキングのような装備で!
歴史資料館は、コロナ禍であいていない可能性もあります。(今はあいているかも)
→マップは外向きのBOXに設置されているので、閉館中でもいただけます。
参考 千早城・下赤坂城・上赤坂城 紙媒体(マップ)
千早赤坂の城域はかなり広い。そういったことがよくわかるサイズ感です!
一般社団法人 千早赤阪 楠公史跡保存会 の資料でした!
地図のおかげで、気をつけるべき道もわかりましたし、(千早城の駐車場箇所だけは間違えてしまいましたが)
シンプルながらに必要な事項はきっちり書かれている媒体に感謝です。