九度山にて貧困を救った真田紐!真田昌幸、信繁の再起をかけたもう一つの戦い!

真田昌幸、信繁といえば三途の川の渡り賃、六文銭でも有名な戦国武将です。本拠は上田城、沼田城。もとは信濃の国衆。武田信玄の家臣になるが独立し、有能な家臣ら真田十勇士でも有名です。


☆振り返り☆ 真田と武将の関係性を解説! (概略版)

真田家は、信濃国小県郡の国衆。昌幸の父幸隆の代で武田家臣となり、三男だった昌幸は養子に出され武田庶流の武藤を名乗り、足軽大将として活躍していました。

※訂正 武田 信虎→信玄(晴信)→勝頼の三代。

① 武田氏優勢から劣勢に。織田信長の台頭。

長篠の戦いで兄達が織田に敗れ亡くなると、幸隆は真田家に戻ります。昌幸も真田姓に。

※幸隆は、昌幸の父。信幸、信繁にとっては祖父にあたります。

② 上杉との和睦により残る北条。

越後国上杉謙信との対立で、越後国を見張るために上野国岩櫃城の城代となり、昌幸も引き継ぎます。上杉との和睦により、今度は北条氏との関係が悪化。

織田信長、徳川家康連合軍により武田氏は滅びます。

③ 武田氏が滅び、織田につくことに。

注意すべきは、徳川家康は依然として対立関係にあることですね。しかし、1582年本能寺の変で武田の遺領が空白になると、再び北条、徳川、上杉と争うことになります。

真田昌幸は、上杉に帰属して自立。上田城を本拠にします。

④ 上杉側として徳川家康と戦に

第一次上田合戦!信繁は、越後に人質に出されます。徳川家康との上田合戦では、昌幸の勝利となります!

⑤ 秀吉の台頭、真田家は独立した大名へ

真田信繁は、人質として大坂にとられ、信繁の兄信幸が沼田城を守っていました。秀吉の指示で一旦北条に明け渡すことになりましたが、北条の裏切りにより状況は一変。

北条征伐が始まり、信繁は舅大谷吉継と共に、忍城攻めへ。忍城攻めは日本三大水攻めに認定されています。

朝鮮出兵の折は、肥前名護屋城にいたことがわかります。

※大坂人質時代に、大谷吉継の娘を娶ります。

⑥ 秀吉の死と、家康の台頭。巻き込まれた真田家

秀吉死後、秀頼を支えた石田三成と徳川家康が対立!1600年には美濃の関ヶ原にて戦になります。

関ヶ原にはいくつもの前哨戦があり、真田昌幸、信幸、信繁は関ヶ原から離れた上田城で戦を展開することとなります。第二次上田合戦!

真田家は、家を守るため、信幸は東軍徳川方に、昌幸と信繁は西軍石田三成方に分かれて戦うことになりました。

兄信幸を守るために、信繁は拠点にしていた沼田城をあっさり明け渡し、上田城にこもり、昌幸とともに大軍徳川秀忠を上田城へ足止めすることに成功します。

しかし、関ヶ原で敗北した西軍。これにより真田家はピンチを迎えます。

上田城写真 伸弘殿提供!

「真田紐」は貧困から生まれた?!

あまりに丈夫で戦の場でも活躍したと言われている紐を、上田城下ではつくっていました。

命乞いの甲斐あり極貧といいながらも死を免れた真田昌幸・信繁は、この紐が鍵になると思い、九度山の皆に教えました。紐の商品価値をより高め、流通させることに成功し、各地の情報を得ることもできました。

徳川家康への復讐の機会を伺うにはこの資金力や情報は欠かせぬものだったでしょう。昌幸は志半ばでなくなりますが、信繁は遺志をついで、大坂の陣へ向かうこととなります。


観光案内:九度山真田ミュージアム

アクセス:南海高野線「九度山駅」より徒歩10分」 近隣に真田庵有り

真田家について丁寧にわかりやすく解説してくれています!九度山幽閉時代の様子も再現され、動画では九度山の皆と別れ大坂の陣へ向かうまでの話も!(これは中々レベル高い!)


神媒体あり! ★5つ!

ミュージアムの方手書きの「真田丸紹介」は、コピーをいただけます。内容もわかりやすく、何より真田への愛を感じる素晴らしい媒体ですので、ぜひ九度山でご覧頂きたい!

さすが真田とあって、様々資料が充実していました。他2種は「発行元:九度山町産業振興課」です。真田街道に関するパンフは、「発行元:上田市観光課内 真田街道推進機構事務局」でした。

もし、真田にご興味の有る方は、少し足を伸ばしてみては?


お腹が空いたら…

九度山駅にはおむすびスタンドがあります!

おすすめは、めはりが巻いてあるおむすび!

めはりとは、高菜のことで、めはりをつかった寿司やおむすびは、和歌山の郷土料理です。

イートインもあり、とてもおしゃれ!

コスパ良しです!


お買物情報:株式会社やま物産 

入手場所:九度山真田ミュージアム 

2500円以上でトートバックも、もらえました!(先着順なので要確認です)

ちなみに、大坂城のショップではこちら九度山グッズは見つけることができませんでした… 九度山限定?

戦国な私のデスクは石田三成のマグカップに大谷吉継のキーホルダーにこちら真田が仲間入りです! 石田・大谷・真田信繁はとても繋がりがあるので、運命を感じますね笑 よければあなたも戦国空間で志事をしませんか?

kanikama

中学生のころからハマった歴史。特に当時いちばん近くにあったのが「広島城」。原子爆弾の凄まじい爆風を耐え抜いた石垣に惚れ込み、「最強の野面積み」を眺めることから城へ興味を抱くきっかけとなり、大学でも歴史を専攻。文書から見える歴史だけでなく、フィールドワークで得た体感を大事にしながら「よりリアルで背景とリンクした考察」めざして今にいたる。

おすすめ記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA