渋沢栄一の生きた幕末期から明治のおおさかパワー、あなどれまへん!

すっかり都会のおおさか。開発がすすんで昔の様子を想像する方が難しいおおさか!

※おおさか表記、古くは大坂。明治以降に大阪に。混在してしまうと間違いがあってはいけないので、ひらがな表記に統一します!

古代から江戸期のおおさか

先日コラムにて、おおさかには 古代から河内湖という巨大な湖があった事を記載しました。

そこから、長い期間に陸地が広がり、天智天皇がいた奈良時代には 難波宮と称した宮(天皇の居所、政治の中心地)が、今の大阪城近くに造営されています。

663年には白村江の戦の敗北があり、朝鮮へ領土を広げようといった試みも白紙となり、追撃を恐れた天智天皇は各地に守りを固めるよう命を出し、難波宮から滋賀の大津京に移動するなど、慌ただしくなります。

城関連情報 難波宮を守るために!

岡山や兵庫、香川、愛媛など瀬戸内や九州に神籠石式山城といった類の古代城跡が見られるのはそのためと言われています。(ただし、日本書紀に記載されていない城が多数。文字記録では不明な事は多々)

つまり、かつての難波宮、大阪城は古代より上町台地と呼ばれた陸地である=しっかりした地盤、安心!だったのです。

そこから、海に面してる利点を生かして物流拠点として発達したおおさか。澪標(みおつくし)を題材にした和歌が、百人一首にある和歌でも有名です。

※澪標とは、海に置かれた目印。港湾関係者の中では欠かせないもの。

京都に都が置かれていた長きあいだも、コツコツ力を蓄え、今の大阪城の前身となる 石山本願寺が、巨大な守りの堅い寺内町として成長。安土桃山期においても、信長秀吉らと激しく戦う最前線基地になったわけです。

そして、巨大な寺内町の周りには大阪商人の存在。秀吉による大坂城の整備から、川の架け替えなどを経て、水の街おおさかに。今はその水路はわからなくなってしまいましたが、碁盤の目状の通りになっており、なんとなくは想像できます。

江戸期には、大塩平八郎の乱。(天保の大飢饉で苦しむ民のため、書籍を売るなどして米を配るなどをした大塩。米を高く買い占める豪商等、対策をしない幕府を相手に立ち上がる!)おおさか人を敵に回したらあかん!という事も知らしめた一揆でした。


幕末期〜明治期

緒方洪庵による適塾からは、優秀な人材が多く輩出され、日本の礎を築いていきます。

(大阪市中央区 北浜駅近く)

例えば

胃腸薬タカジアスターゼで巨万の富 高峰譲吉

日本赤十字初代総裁 佐野常民

慶応義塾大学を創設 福沢諭吉

五稜郭を設計、建築 武田斐三郎

など

今の大阪大学の前身でもあります。

(文化財の管理は阪大がしていました)

また、北浜という場所は経済の、中心地。

ビジネス街ど真ん中に、大阪取引所!そして真ん中に五代友厚!(ごだいともあつ)

同じく天満橋に近い方には、郵便の父 前島密!(まえじまひそか)

五代友厚

明治に入ってから政府主導で紡績所が作られるも、上手くいきませんでした。渋沢栄一は、5倍近く規模を拡大した紡績所の設立に奮闘します。

同じ頃 おおさかでは、五代とともに大阪商法会議所を立ち上げた繊維商人たちが、紡績会社の設立を計画。

五代友厚らは、渋沢と手を組み、1882年に大阪紡績会社を立ち上げます。大阪紡績会社は日本初の蒸気力紡績会社で、渋沢は自らの知見と外国で技術を学んだ技師らの力を活かしながら、資本や設備投資、人材育成に力を入れます。

渋沢が設立した大阪紡績会社の発展により、五代のいる大阪の商人達に刺激を与え、日本の紡績業の発展につながり、日本の近代産業を大きくリード!

北浜から南に下ると、船場という街があり、今も繊維の街として多くの繊維関連の卸問屋さんがあります!

前島密

前島密は渋沢栄一が掲げる改正掛事業の一つ、郵便制度を作った方です。そんな前島密は、重要な論争でも有名です。

元号が明治に変わった1868年に、新時代の首都をおおさかにするのか、江戸にするのかという論争か行われました。その中で目を引いたのが、新政府参与だった大久保利通建白の大阪遷都論と、後に”郵便制度の父”と呼ばれる前島密が唱えた江戸遷都論です。

外交に適した立地、京都の因習から解放されるべきといっ理由からおおさかに首都を!といった大久保の意見に対し、蝦夷地開拓が必要でより近い東京がよい、江戸城や藩邸の再利用ができて道も広い江戸に首都を!と主張していた前島密。

結果としておおさかに遷都ならず、前島密の意見が通ってしまいました。

おおさかの発展にも寄与した五代友厚らとは違った動きを見せた前島密。

未だに謎が多い、北浜に前島密像がある理由。

不思議な事に、二つの像は、近くにあるのです。

(北浜駅から徒歩圏内)

ランチついでの歴史お散歩に是非!

★2021年6月 更新!★

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kanikama

中学生のころからハマった歴史。特に当時いちばん近くにあったのが「広島城」。原子爆弾の凄まじい爆風を耐え抜いた石垣に惚れ込み、「最強の野面積み」を眺めることから城へ興味を抱くきっかけとなり、大学でも歴史を専攻。文書から見える歴史だけでなく、フィールドワークで得た体感を大事にしながら「よりリアルで背景とリンクした考察」めざして今にいたる。

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