兵庫県。今は一つの自治体ですが、かつては播磨、摂津、但馬、丹波、淡路の五つに分かれていました。瀬戸内海に面してる播磨。西海道が通っていて大阪に近い摂津。日本海側の但馬。京都と接する丹波。漁場に恵まれ水軍の拠点にもなった淡路と、それぞれ、地域性も違います。
筆者かにかまも、今は兵庫県民です。摂津です。
同じ兵庫県在住でも「神戸ですー」「姫路ですー」「芦屋ですー」「明石ですー」など、自己紹介にはかなりのバリエーション😂
「どのへん?」(神戸って広い)「あっ、ゆーても〇〇なんですけど。」といった場面もあります笑
他府県の方に説明する際は、イメージがわきにくい地域もあるため、あえて有名な神戸という表記を用いる事もあります。
その中で地域をまとめる苦悩は半端ない。兵庫ゆかりの戦国武将を洗い出すツールを紹介。
過去ブログ 赤松氏✖️兵庫県
摩耶山城(兵庫県神戸市)

謎が多いばかりでなく、観光地のための開発で城にまつわるものが幻につつまれており、解説板も少ない。ハードな山登りにて体力をつけたり、廃墟になってしまった昭和の建物の哀愁を感じるにはよい。
歴史背景
勝手に命名:同族企業赤松グループの行方
※勝手に現代の企業に例えた箇所があります。
赤松氏は室町時代に 三管領四職と呼ばれた一族。
元々村上源氏の流れで、赤松の由来は、地頭に任じられた場所が播磨の赤松村だった事から。(※諸説あり)
建武の新政には反対の立場を取り足利尊氏側にて白旗城に敵軍新田義貞を釘付けにする作戦が功を奏し、湊川の戦い(今の神戸市、新開地)にて南朝方の楠軍は負ける事になる。
功績を讃えられ、播磨をもらった赤松氏。とはいえ戦に備え、多くの城を築いた。有限会社赤松から、赤松グループへ成長。
室町時代、四職にはいる。※京極 一色 山名と、赤松が四職。テストに出るかも!笑
赤松氏が有名になったのは、室町幕府6代将軍足利義教暗殺事件。
その後、嘉吉の乱(かきつ)にて山名氏に敗北。当時の宗家赤松は城山城で自害します。その後復活を遂げ戦国時代には勢力拡大します。
しかし、赤松氏に忍び寄る織田の影。織田信長により赤松氏の勢力範囲は小さくなってしまいます。
軍師黒田官兵衛にでてくる別所氏は赤松の系列です。つまり、三木城の城主別所長治も赤松氏に関連しているという・・・
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